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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)1322号 判決 1984年8月29日

控訴人

山本肇

山本秋子

右両名訴訟代理人

岩永勝二

被控訴人

右代表者法務大臣

住栄作

和歌山県

右代表者知事

仮谷志良

右両名指定代理人

高田敏明

外八名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

原判決を取消す。

被控訴人らは各自控訴人らそれぞれに対し金七八四万円及びこれに対する昭和五五年七月三一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

仮執行の宣言

二  被控訴人ら

主文同旨

仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因(控訴人ら)

1  控訴人両名は夫婦であるが、その二男雅人(昭和五一年一二月三〇日出生。以下「雅人」という)は、昭和五五年七月三一日午前八時四〇分頃、新宮市新宮字藺沢一一八九番地の一所在の浮島川ポンプ場(以下「本件ポンプ場」という)の取水口北側に設置された水調節用水槽(以下「本件貯水槽」という)に転落し水死した(以下雅人の水死事故を「本件事故」という)。

2  本件ポンプ場は本件事故の数年前に建設されたものであるが、浮島川に附属するものとして被控訴人国が設置し、その機関委任事務として和歌山県知事が管理している施設であつて、公共の用に供されており、国家賠償法二条所定の公の営造物であり、また被控訴人和歌山県(以下「被控訴人県」という)は右施設につき同法三条所定の営造物の管理費用の負担者である。

3(一)  浮島川は、本件事故現場付近においては、幅員は約5.3メートル、護岸天端(上面)から水面までの深さは通常約四メートルであつて、両岸ともにほぼ垂直になつている。そして東岸上面(別紙図(一)のAA'間。以下別紙の各図を示すときは、単に「図(一)」などと表示する)は幅員約1.65メートルのコンクリート敷(以下「東岸コンクリート敷部分」という)となつている。

(二)  本件貯水槽は、図(一)のとおり、浮島川の川幅を拡げた部分を幅約四〇センチメートルのコンクリート製隔壁(以下「隔壁」という)によつて浮島川の本流から仕切つて設置されたものであつて、外形上は浮島川と一体を成しており、また隔壁は浮島川西岸の護岸から斜面を下つて水平部分に続く形となつており、その側面は、浮島川側では垂直となつており、本件貯水槽側では急傾斜となつている。

(三)  本件ポンプ場は、増水や満潮による浮島川下流の市田川からの逆流を水門を閉じて防止する一方、浮島川の増水により隔壁を越えて本件貯水槽内に流入した水をポンプで市田川に強制排水する目的で造られたものである。そのため本件貯水槽は特に水深を深くしてあり通常時でも2.4メートル程度となつている(なお浮島川の水深は通常二〇センチメートル以下である)。

(四)  浮島川と本件貯水槽にはその両岸を跨ぐ形でH型鋼(幅二五もしくは四〇センチメートルのもの)を横向にしたはりが約三メートル毎に渡してある。

(五)  本件事故当時、浮島川や本件貯水槽への転落防止のため、両岸(図(一)のAA'間及びCBB'間)には金網の防護柵(以下「フェンス」という)が設置されており、また図(一)のAC間の橋(以下「市道橋」という)にはガードレールが設置されていた。

しかし、右ガードレールの上にはフェンスが設けられておらず、ガードレールと市道橋のコンクリート敷との間には高さ三〇センチメートル、横(支柱間隔)約九〇センチメートルの隙間があり、また右ガードレールと浮島川東岸のフェンス(図(一)のAA'間)との接するA点付近では、道路側溝部分の上に高さ二メートル、幅三八センチメートルの隙間があつた。

(六)  本件事故現場付近には人家が多く存在するうえ、浮島川はポンプ場設置に伴う川底の掘り下げ工事がなされるまでは、深さが地面からせいぜい一メートル以下、幅員が二ないし2.5メートル程度の小川であり、日常的に子供らが魚取りなどで遊びに来ており、またその父母らも安全性を信じて遊びに行くことを認めていた安全な場所であつたが、右工事後は川幅が拡大し川底が掘り下げられると共に、平常時でも水深が2.4メートルもある危険な設備である本件貯水槽が設けられたことによつて、幼児子供はもとより大人でさえも転落すれば溺死するに至るような危険な状態となつた。そして右工事後はこの付近で子供らが遊ぶのには従前よりは困難とはなつたが、浮島川や本件貯水槽には水源である浮島の沼に蚊退治のために放流された赤色の小魚が泳いでいたので子供らの恰好の遊び場となつており、殊に大水の出た直後には浮島川には魚が多く、本件貯水槽にも魚が流れ込んだので魚を取りに来る者も多かつた。

しかるに本件事故現場付近の防護柵には前記のような隙間があり、子供らが容易に浮島川の川敷に立入ることができたのである。

そこで被控訴人らとしては、幼児の浮島川への侵入防止に十分な防護柵等を設けるべきであつたし、また東岸コンクリート敷部分からはりを渡ることができないようにはりの東端に防護柵を設けるべきであつた。

また被控訴人らは、本件貯水槽がかかる危険な状態にあることを知つていたのであるから、周辺住民や通行人にかかる状態を知らせるべきであつたのに、何らこのことを知らせなかつた。

4  本件事故当日、雅人は朝食後同じアパートに居住する遊び仲間の森本勝広(当時四歳)、その弟の哲也(当時二歳)と共に自宅から約一〇〇メートル離れた本件事故現場へ遊びに来た。そして雅人と右勝広とは図(一)のAC間のガードレール下をくぐつて東岸コンクリート敷部分に入り、勝広は其処に残つていたが、雅人は両岸を跨いでいるはりのうち、市道橋から恐らく四番目のはりを東から西に向つて渡り、西岸から続く斜石を降りて、浮島川と本件貯水槽とを仕切る隔壁の水平部分に至り、約三メートル南へ進んだ辺りで本件貯水槽に転落したものと推測される。

5  雅人の死は本件ポンプ場が前記のとおり侵入防止柵が万全でないことによつて生じたものであつて、その設置に瑕疵があつたものであるから、被控訴人らは雅人の死亡による損害を賠償すべき責任がある。

そして東岸コンクリート敷部分から西岸まではりを渡ることは、雅人が判断能力の十分でない幼児であつたからこそなし得たものであつて、本件事故当時の雅人の行動は決して異常なものではなく、幼児が斯様な行動をとることを予測することは十分可能なことであつたのである。

なお被控訴人らは、本件事故発生直後に図(一)のA付近の隙間に丸棒製の柵を、B点付近のコンクリート壁の上にも同様の柵を、AC間のガードレールの下部に有刺鉄線を、右ガードレールの上部に金網のフェンスをそれぞれ設置し、更に昭和五六年二月以降には東岸コンクリート敷部分の西端(浮島川沿い)に市道橋から北へ三本目のはりまでの範囲に有刺鉄線による柵を設置した。

6  雅人の死亡によつて同人及び控訴人らは次の損害を被つた。

(一) 雅人の逸失利益 金一三七九万二七〇〇円

<以下、事実略>

理由

一請求原因1、2の事実については当事者間に争いがない。

二そこで、本件事故の発生につき被控訴人らに本件貯水槽を含む本件ポンプ場の設置・管理の瑕疵があつた旨の控訴人らの主張(請求原因3ないし5)につき判断する。

1  請求原因3の(一)ないし(四)の各事実、同(五)の事実のうちの図(一)のA点付近の側溝上に隙間があつたことを除くその余の事実、同4の事実のうちの雅人の自宅から本件事故現場までの距離を除くその余の事実、同5の事実のうちの本件事故後被控訴人県が控訴人ら主張の柵などを設置した事実、についてはいずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実と<証拠>とを総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件貯水槽は、浮島川と市田川との合流点付近の浮島川に設けられた水門とポンプ用の舎屋と共に本件ポンプ場の施設の一であり、また本件貯水槽とその東側の隔壁を隔てて存在する浮島川との上にはほぼ東西に通する市道谷王寺下田町三号支線(以下「本件市道」という)の通ずる藺ノ沢橋(市道橋)が掛けられている(図(二)参照)。

(二)  浮島川は新宮市の市街地を南流してその下流において市田川に流入(合流)する都市河川であるが、その河道は堤防が築かれていないいわゆる堀り込み河道であり、従前半日でも雨が降ると容易に満水となり流域の低地帯に溢水して住宅浸水の被害が発生していたので、これに対応するため川幅を拡大し川底を切り下げることによつて河積を増大すると共に、浮島川の水量が増大した際にはこれをポンプによつて下流の市田川に強制排水することを目的として本件貯水槽・水門・ポンプ用舎屋などの施設を含む本件ポンプ場を設置することとなり、昭和四六年から浮島川改修工事と共に本件ポンプ場設置工事が行われ、昭和五四年三月に完成するに至つた。

(三)  改修前の浮島川には本件市道の通るコンクリート製の橋(以下「旧市道橋」という)が掛けられており、旧市道橋にはその両側にガードレールが設置されていた。

そして、旧市道橋付近の改修前の浮島川は、川幅が約五メートル(検乙第七号証の一によれば旧市道橋より北側の改修前の浮島川の護岸天端間の幅は、乙第四号証によつて認められる本件ポンプ場入口付近に相当する位置の改修前の浮島川の護岸天端間の幅6.6メートルよりやや狭いものと認められる)、護岸天端から川底までの深さが2.8メートルとなつており、護岸壁は石材で構築されていて垂直に近く、また両岸は人が容易に立入り可能な空地となつていたが、河道敷内への転落を防止するための設備は設けられていなかつた。

(四)  市道橋は浮島川の改修と本件ポンプ場の設置に伴つて本件市道付近の浮島川右岸(即ち西岸。以下この付近の右岸を「西岸」、左岸を「東岸」という)を拡幅し、浮島川に並行して本件貯水槽が設置されたことによつて旧市道橋よりも長尺の橋に掛け替えられたものである。

(五)  市道橋付近の浮島川は、その川底が改修前の浮島川の川底より二メートル深く掘り下げられたため、護岸天端から4.8メートルの深さとなり、また川幅が川底で4.9メートルになつたものであるが、東岸の護岸壁と本件貯水槽よりも北方の西岸の護岸壁とはいずれも鋼矢板で垂直に構築され、また本件貯水槽とは西岸から南方に向けて接続する隔壁(その位置形態などは後に示すとおりである)で隔てられており、また市道橋より北の東岸には、東西の幅約1.65メートル、南北の長は二四メートル強の東岸コンクリート敷部分があり、右コンクリート敷部分に当る東岸と浮島川西岸及びこれに続く本件貯水槽西岸との間には約三メートル間隔で護岸補強用のはり(H型鋼)六本が水平に設置されており(図(二)の(1)ないし(6)参照。以下右補強用のはりを「(1)のはり」などという)、右はりのうち市道橋寄りの三本((1)ないし(3)のはり)は浮島川東岸の天端よりも稍低い位置に、また他の三本((4)ないし(6)のはり)は東岸の天端とほぼ水平となる位置で、且つはりの天端から浮島川の通常水面までの高さが約3.8メートルとなる位置に設置されている。なお(4)のはりは、浮島川西岸では、隔壁の斜面上端の位置から北方へ一メートル強の位置に、西岸の天端とほぼ水平となるように設置されている。

(六)  東岸コンクリート敷部分は市道橋北縁沿いの後記地覆の天端よりも五五センチメートル低い位置にあり、また右地覆と右コンクリート敷部分の南端との間には幅二五センチメートル、右コンクリート敷部分天端から市道橋下の護岸天端までの深さ一メートルの間隙がある(図(三)参照)。

(七)  隔壁は浮島川西岸に接続(図(二)のD点付近)して設置されたものであるが、その上面は、右接続部分から、幅四〇センチメートル、長さ4.4メートルの急な下り斜面部分(図(二)のDE間。水平線に対して約四〇度の勾配図(四)参照)と、右斜面に接続し(図(二)のE点以南)幅五四センチメートルの水平面部分(即ち隔壁天端部分)とから成るものであるが、右隔壁天端は改修前の浮島川の川底と同じ高さ(即ち護岸天端から2.8メートル下方の位置)に在り、また隔壁の両側面は、浮島川側では垂直面、本件貯水槽側では三分の五の勾配を有する急斜面となつている。

(八)  本件貯水槽は、隔壁の高さを浮島川の護岸壁より低くすることによつて浮島川の水量が増加した際には浮島川の流水が隔壁を越えて流入する構造となつているものであるが、流入した水を下流の市田川へ強制排水するためにポンプ吸入口まで導くと共に、流入した水に含まれる泥土を沈澱させたり、木竹などの浮遊物を除去するなどして、ポンプを保護する目的(防塵目的)をもつて設置されたものである。本件貯水槽の底までの深さは浮島川の護岸天端から5.3メートル(即ち、護岸天端から2.8メートルの下方に位置する隔壁天端から更に2.5メートル下方の位置)、また本件貯水槽内の通常の水深は2.4メートル(即ち、護岸天端から本件貯水槽内の通常の水面までの深さは2.9メートル、隔壁天端から右水面までの深さは一〇センチメートル)、また本件貯水槽の通常の貯溜容積は約九五〇立方メートルである。

(九)  本件貯水槽や浮島川の西岸に沿つて浮島川管理道路が通じている。

(一〇)  市道橋の北縁沿いには市道橋の路面からの高さ二五センチメートル、幅五〇センチメートルの地覆が設けられ(以下について図(三)参照)、右地覆の上に九〇センチメートルの間隔で設置された支柱に、右路面から天端までの高さが92.5センチメートルとなる位置に鋼製のガードレールが設置され(なお右ガードレールの下端から右地覆上面までの間隔は三〇センチメートルである)、また浮島川管理道路と浮島川及び本件貯水槽の西岸との間には金網のフェンスが右ガードレール西端に至るまで設置され、また東岸コンクリート敷部分の東縁沿いには右ガードレール東端に至るまで金網のフェンスが設置されている(控訴人らが図(一)のA点付近に存在したものと主張する道路側溝部分の上の高さ二メートル、幅三八センチメートルの隙間は認められない。なお東岸コンクリート敷部分の北縁は私人が設置したコンクリートブロック塀によつて画されている)。

(一一)  市道橋付近は人家が三、四戸存在するほかには自動車駐車場や空地、事務所用ビル、倉庫などが存在する程度であつて、本件市道における人車の通行も少ない閑散とした所であり、また雅人や控訴人らが居住するアパートは浮島川が北方から流入するほぼ東西に通ずる市田川より南側の人家密集地帯に在り、右アパートから市道橋までは道路伝いに約二〇〇メートルの距離がある。

(一二)  従前から浮島川には魚が遊泳しており、増水時には本件貯水槽内に浮島川の水と共に魚が流入するところから、本件事故以前にも、市道橋上や東岸コンクリート敷部分から魚釣りをする子供がいたり、また隔壁上に降り立つて魚釣りをする比較的年嵩の子供がいるのを見かけた者がいたが、本件事故前には被控訴人県(殊に浮島川を管理する新宮土木事務所)に対して転落事故の通報や、右コンクリート敷部分や隔壁から子供が魚釣りなどをしていて危険である旨の通報、若しくは危険防止の措置を講じて欲しい旨の要望がなされたことはなかつた。

(一三)  雅人(三歳七か月)は、その住居のアパート付近に民有の空地があつたが、常日頃は右アパートの近所の露路で遊んでいたものであるところ、本件事故当日には朝食後、遊び仲間の森本勝広(四歳)、同哲也(二歳)と共に市道橋付近へ遊びに行き、右勝広と共に市道橋北縁沿いのガードレールと地覆との間をくぐり抜けて東岸コンクリート敷部分に入り、次いで単身で(右勝広は右コンクリート敷部分にとどまつた)(4)のはり(前記のごとくこのはりは浮島川東岸の天端とほぼ水平である)を渡つて浮島川西岸に至り、更に隔壁の斜面部分を滑り降りてその水平面部分に至り、其処から本件貯水槽に転落した。

(一四)  被控訴人県は、本件事故後間もなく、浮島川と本件貯水槽の西岸沿いのフェンスの上部に有刺鉄線を張り、市道橋北縁沿いのガードレールの外側に沿つて上部に有刺鉄線が張られた金網のフェンスを設置し、右フェンスから(4)のはりの北側まで浮島川東岸(即ち東岸コンクリート敷部分の西縁)に沿つて有刺鉄線を張り、右コンクリート敷部分の東縁沿いのフェンスの南端が右ガードレール東端に接する付近の右フェンスの下部の隙間に鉄筋柵を設置し、浮島川西岸と隔壁の斜面とが接続する付近に鉄筋柵を設置して、転落事故の再発防止の措置をとつた。

以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

2  ところで、国家賠償法二条一項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、かかる瑕疵の有無は、当該営造物の用途、構造、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮のうえ、その営造物が具体的、個別的に通常予想される危険の発生を防止し得るものであるか否かによつて判断すべきものである。

これを本件についてみるに、雅人程度の年齢、すなわち三歳七か月程度の幼児が市道橋のガードレールと地覆との間の隙間をくぐり抜け、且つ間隙を越えて東岸コンクリート敷部分に至ることは通常予想し得る事態であるとは解し難いばかりでなく、右幼児が更に右コンクリート敷部分から護岸補強用(即ち、本来、通行の用に供するものではない)の幅員僅かに二五センチメートルのはり(その天端から浮島川水面までの深さは約3.8メートル)を渡つて西岸に至り、次いで西岸に接続する勾配約四〇度、幅四〇センチメートル、長さ4.4メートルの下り斜面を滑り降りて右隔壁の水平面部分に降り立つことは、明らかに通常予想し得ない行動であるというべきである。

右に加えて、本件貯水槽は、浮島川とは隔壁で区切られてはいるものの、外形上は浮島川と一体を為している(即ち、市道橋が延長されたことのみから見れば、浮島川の川幅が拡幅されたに過ぎないかの外観を呈している)ところ、改修前の浮島川では護岸天端から川底までの深さが2.8メートルもあって、成人の身長をはるかに越える深さであつたにもかかわらず、旧市道橋にガードレールが設置されていただけで、両岸沿いには何ら転落防止の設備が設けられていなかつたのに対し、改修後の浮島川や本件貯水槽では、全体として水面の幅が広くなりその深さが改修前の浮島川より二メートルまたはそれ以上の深さとなつたとはいえ、市道橋には地覆の上にガードレールが設置され、浮島川や本件貯水槽の西岸沿いには右ガードレール西端までフェンスが設置され、東岸コンクリート敷の東縁沿いには右ガードレール東端までフェンスが設置され、右コンクリート敷北縁にはコンクリート塀が設置されているのであつて、護岸からの転落自体の危険は減少したものと解せられること、前記1の(一二)の事実及び<証拠>に照らすと、改修後の浮島川や本件貯水槽に魚が遊泳していたために極めて稀れに年長の子供が魚釣りなどに来ることがあつても本件貯水槽付近が日常子供の恰好の遊び場となつていたものとは認められないこと(なお、改修前の浮島川流域のいずれかに魚釣りなど子供の恰好の遊び場となつていた所があつたことは想像し得なくはないが、旧市道橋付近の改修前の浮島川が魚釣りなど日常子供の恰好の遊び場となつていたことを認め得る証拠はない)、本件ポンプ場一帯の環境よりみて本件貯水槽付近は三歳余の幼児が保護者の監督なしに通常遊びに来る場所とは解し難いこと等の諸点を考慮すると、本件事故は雅人による通常予測することのできない異常な行動によつて発生したものであり、市道橋付近の浮島月や本件貯水槽(ひいては本件ポンプ場)が通常予想され得る危険の発生を防止し得ない安全性を欠いたことによつて生じたものではないと判断するのを相当とする。本件事故後間もなく被控訴人県が設置もしくは張り渡した前示の侵入防止設備またはこれに類する侵入防止設備を本件事故当時に設置もしくは張り渡していなかつたことは、右判断の妨げとなるものではない。

なお控訴人らは、被控訴人らが本件貯水槽の設置によつて人が転落すれば溺死するような危険な状態となつたことを知りながら、右の状態を付近住民や通行人に対して知らせなかつたのは本件貯水槽(ひいては本件ポンプ場)の設置または管理の瑕疵に当る旨主張し、被控訴人らが特段に本件貯水槽が危険なものであることを一般に周知させる措置を講じていないことは証人撫養綏子の証言により明らかである。しかし、一般に河川、池沼、貯水槽などは、その周辺や橋上から転落する危険があることは専門的な知識、経験がなくとも容易に判明することであつて、ことさらにその危険を告げる意義は少なく、河川等の管理者に右危険を告知すべき法的責任を認めることはできないし、本件貯水槽が特別に転落の危険が大きい施設であつたということもできないから、被控訴人らが付近住民や通行人に対して本件貯水槽が危険な状態にあることを知らせる手段を講じていないからと言つて、本件貯水槽(ひいては本件ポンプ場)の設置または管理に瑕疵があつたと言うことはできない。もつとも、本件の場合、貯水槽がかなり深いことは外見上看取できるとはいえ、実際の水深は約2.4メートルもあるのであるから、この水深を一般に知らせることに多少の意味がなくはないが、本件事故の被害者は三歳七か月の幼児であり、幼児が本件貯水槽に転落すれば水死の危険あることは一見して明らかで、水深の程度の告知を俟つまでもないから、被控訴人らが付近住民や通行人に本件貯水槽の水深を告げなかつたことと本件事故との間に因果の関係はないといわなければならない。

三以上の次第であるから、本件貯水槽(ひいては本件ポンプ場)についてその設置または管理の瑕疵があることを前提とする控訴人らの本訴請求は、その余の主張につき判断するまでもなく失当である。

四すると、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(今中道信 露木靖郎 齋藤光世)

図(三)、図(四)<省略>

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